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「スジエビ」の範囲


透明で、腰が曲がっていて、眼が飛び出していればスジエビ?

色彩や模様の使用を、因習によって制限されている淡水エビには、
不思議な見分け方が使われているのをよく見かけます。
この基準だと、かなり多くの種類が「スジエビ」の範囲に入ってしまい、
実際に、多くの他種がスジエビとして飼われている事があるようです。

「模様は参考にならない・額角を見ないと識別出来ない」という、
おそらく標本瓶の中のエビしか見ていない世界から出た因習は、
このスジエビという名で、スジ模様で見分けるのが簡単なエビすらも、
模様を見ずに透明度などで判断させる方向に人々を追いやっています。
おどろく事に、この呆れる程の識別低難易度のスジエビが、
他種との混同の中心に必ず名が上がるという現実があり、
しかも、あらゆる種類のエビが「スジエビ」で決着してしまう事がほとんどという状態です。

分類学者が世界中の淡水エビの白化した標本や論文を相手に“同定”を行なう際には「色柄」は使えないという事実を、
種類数が限られた本州産レベルの生きたエビの種類同士の“見分け”にも使えないのだと誤解しているだけのようです。
“不可能”という言葉を使って居丈高に模様の使用を規制しているようなPDFなどもありますが、
出来ない事が大手を振って威張れるジャンルなんて他にないですね。情けない話です。
(科学的根拠ではなく、読解力とか判断能力、情報の取捨選択・合理性の世界)

一般初心者の方が「スジエビ」として語ってしまいそうな、透明で、腰が曲がっていて、眼の飛び出しているエビを並べてみました。
ハサミ脚の長さや模様の違いに注目して見比べてみると良いと思います。
「スジエビ」という名前が、透明で腰の曲がったエビの総称にならない事を願うばかりです。

●凶暴なタイプ

テナガエビ(テナガエビ科テナガエビ属)
ヌマエビ類やスジエビ、仲間ですら脱皮時に食べてしまいます。


ミナミテナガエビ(テナガエビ科テナガエビ属)
テナガエビをより強力にしたようなエビ。
頭が良くて、そつが無く、狩りも上手い。


ヒラテテナガエビ(テナガエビ科テナガエビ属)
大人の風貌は極めて独特ですが、子エビはスジエビそっくり。
それほど狩りは好まない印象。
ヤマトテナガエビと呼ばれる事も多い。


●普通のスジエビ

スジエビ(テナガエビ科スジエビ属)
テナガエビ3種をタカやワシなどの猛禽にたとえるなら、スジエビはカラス
カラスがハトくらいなら狩る事が出来るのと同様、
小さめの同居魚やヌマエビ類には油断のならない種類です。


鼻先のヒゲが白い場合も多いので、見分けの参考に使うと便利です。
他のエビにはまずない特徴です。


スジエビの雌。
スジエビは大きくなった雌個体の食欲が急速に増え、
自分以外の生き物の肉を自分の卵に変える「産む機械」と化します。
一回の脱皮で突然変身します。
脱皮前までは混泳出来ていた相手が、脱皮後には餌になります。
魚の尾が裂かれていたり、脱皮後のヌマエビ類が変死する事が増えたら、
混泳には限界の時期。


色が薄い場合も、模様が消えきる事は無いと思います。
スジエビは沖縄などを除いたほぼ日本全土に分布しますし、
多くが淡水繁殖の陸封個体群であることから、性格や最大体長などが一律とは思えません。
上流域群と下流域群が遺伝子的に別種である事が確認された個体群もあるようです。
しかし、模様に関しては別種を感じるほどの例を見た事がありません。
透明度や腰の曲がり具合を見るよりは、模様を見たほうが余程役に立ちます。
眼の離れ具合は極端なので、これは有効ではあります。(ヌカエビとの混同には注意
「模様」+「離れ眼」でまず大丈夫だと思います。

ヌカエビと並ぶ出目具合。
ただ、「他種と比べれば」という前提が有っての出眼度です。
淡水エビは、全てのエビの眼が、体表面よりも飛び出して付いています。(ヤマトヌマエビですら

観賞魚店では、“スジエビ”という販売名の得体の知れないエビも多いです。
近隣の外国の近縁種のような印象です。
ハサミ脚が短くひ弱な印象を持つ個体を選んである感じもします。
それらは睡蓮鉢等で簡単に殖えてしまう大卵型の繁殖形態を持つようです。
釣り餌として売っているエビの中にも日本では見ない不思議なエビが多数入っています。


●おとなしいタイプ

ヌマエビ科のエビ達の多くも「スジエビ」として飼われる事がままあるようです。
「小魚に全く興味が無く、コケをツマツマとよく食べる、おとなしいスジエビ」という認識にあるようです。
スジエビはおとなしく、混泳推奨種だといった認識は意外な大きさで存在します。
本当にスジエビだったとした場合、たまたま大人しい個体群を飼っている、幼齢な小さな個体である、
雄の個体である(雄は案外おとなしい)などが考えられます。
しかし、「透明で、眼が飛び出していて、腰がボコッと盛り上がっている」という基準で、
多くのヌマエビ類がスジエビと誤認されて飼われている可能性のほうが大きい気がします。
これらが「スジエビはおとなしい」という誤認の元になっている可能性が高そうです。


ミゾレヌマエビ(ヌマエビ科ヒメヌマエビ属)
カメラのフラッシュで体内が白っぽく写ってしまっていますが、
実物を肉眼で見た場合には、
透明なガラス細工の中に、内臓だけが浮いている印象です。


ミゾレヌマエビ。
透明で、眼が出っ張っていて、腰も出っ張っています。


「逆さハの字」まで共通。
ミゾレヌマエビ(特に雄)がスジエビと間違われるのは定番中の定番。
透明で、眼が飛び出していて、腰が出っ張っているエビなら、
個人的には、真っ先にミゾレヌマエビが浮かびます。
スジエビは、これに比べれば、さほど透明とは思えません。


旧ヌカエビ及び旧ヌマエビ大卵型(ヌマエビ北部−中部群)ヌマエビ科ヌマエビ属
ヌカエビの雄もかなりな「スジエビ度」を持つエビです。
小さいですし、スジも違いますから、
両種を良く知って居る方なら間違い様はないと思いますが、
これだけを前述の基準で見れば「スジエビ」でしょう。


眼も出っ張っているので、間違われる率は極めて高いです。
“ヌカエビ”とはスジエビの別名だと思われている場合もあります。
当然、「ヌカエビは肉食で魚を襲う」という誤解も多い。
参照⇒【スジエビとヌカエビの比較写真集
参照⇒【スジエビとヌカエビの背腸の違い】食性と腸管の違いにも注目すると良いです。


旧ヌマエビ(ヌマエビ南部群)ヌマエビ科ヌマエビ属
“ミゾレヌマエビ”という販売名で有名なエビ。
観賞魚的な場合、スジエビとヌマエビ南部群は“ミゾレヌマエビ”として同種扱いの場合も。


シナヌマエビの仲間(ヌマエビ科カワリヌマエビ属)
商品名“ミナミヌマエビ”として、外国産の多くの近縁種が輸入販売されているようです。
河川にも放流されているようで、全国各地で採集されつつあり、
今後、最も身近なエビになる可能性があります。
雄は体もスマートで、脚も長く、
しかも、腰の一番高い部分に黒く目立つ班点がある場合も多いです。
これがスジエビの腰のスジと共通に見える場合もあると思います。
雄は黒い筋模様のみで色柄が構成されている場合も多く、
そういう個体は、この写真のようにかなりスジスジなエビです。
「黒い筋模様が多いのでスジエビだろう」と思われる素質は十分に持っていると思います。


シナヌマエビ類の雄。
透明で、
姿勢次第では腰も曲がり、
目も体の表面よりも出ています。


シナヌマエビ類の雌。
雄と同様、透明で腰も曲がり、目も飛び出しています。
日本の在来種の本当のミナミヌマエビは、
販売されている“ミナミヌマエビ”よりも、さらに腰が曲がり、スマートですから、
これよりももっとスジエビと似ていると思います。

参照⇒【スジエビの見分け方

参照⇒【スジエビとヌカエビの良く似た写真集

参照⇒【スジエビとヌカエビを背腸で見分ける

 

 

「スジエビ」の共通認識へのハードル

『透明で、腰が出っ張っていて、眼が飛び出しているからスジエビ』
という見分け方でスジエビが認識されている現在の状況では、
スジエビを本当のスジエビとして語り合うには、
何個もハードルを越えなければならないという印象です。

第一のハードル「種類の特定が達成されていない」
殊更にエビに深い関心が無い場合の、一般的な“スジエビ”の認識に関しては、
「ヤマトヌマエビとミナミヌマエビ以外の腰の曲がった透明なエビ」といった感じである率は、
かなり高そうに思います。
●明らかに手の長い大型の雄のテナガエビ
●ヤマトヌマエビ
●ミナミヌマエビ(観賞魚店で購入した場合のシナヌマエビ類)
以外は、どれもスジエビっぽいエビという意味で、「スジエビ」と呼ばれていても不思議は感じません。
この時点で、「スジエビ」という文字列には、
テナガエビの雌からミナミヌマエビの雄くらいまでが含まれている可能性があります。
“川エビ”や“沼エビ”といった多くの種類を含んだ総称と同様。
上に並べたような透明なエビ達の総称と考えてよいくらいに思います。

第二のハードル「地域個体群の差」
あきらかにスジエビであると確認された場合にも、
共通認識の形成には高いハードルがあります。
スジエビは北海道から九州まで、ほぼ日本全国に分布します。
しかも、純淡水繁殖の陸封個体群がほとんどと思います。
各地で卵サイズが異なっていますし、
成体の最大サイズや性格も少しずつ異なっていると考えるのが妥当と思います。
実際、腕が太くて攻撃性が高い集団や、
成熟サイズでもきわめて細い腕しか持たない集団、
レッドチェリーシュリンプすら襲わない個体群もあれば、
仲間を一匹残らず平らげてしまう個体群もあります。
餌が乏しいと思われる渓流域の集団は非常に魚狩りが得意など、
スジエビと一言で語れないほど、その差はハッキリしています。
さらに河川下流域産の模様が濃く太い集団は、繁殖に海水が必要な別種に近い存在だと確かめられたそうです。
10cmあるのではないかと思うほど巨大なスジエビが販売されているのを目撃した事もあります。
華奢なテナガエビなど相手にならなそうな、太い腕と頑強な体付きでした。
つまり、自分の地元に生息しているスジエビと、他の人の飼っているスジエビが全然違う性格というのは普通です。
同じ「スジエビ」という名前でも、そこに共通認識は存在し難いと考えるのが妥当です。

第三のハードル「観賞用スジエビと採集個体との差」
観賞魚を販売している水槽に入っているスジエビ。
これはかなり小さめです。
あまり魚を攻撃したり、傷つけたりしないような性格の個体群を選んでいるのではないかと思います。
この観賞魚としてのスジエビしか知らない場合と、天然の河川から採集されたスジエビでは、
認識に大きなズレが生じると思います。
自然の河川から採集したスジエビを飼っている、あるいは飼った経験がある場合、
「小魚とは一緒に飼えないからなあ」という事で持ち帰らずに放される事も多いくらいの、
食性や凶暴さの認識を持たれている例が多いです。
ヨシノボリやチチブの子あたりと同様に、少々困った、油断ならない相手という認識です。
これが、販売されていたスジエビを飼っている例では、
意外と大丈夫、問題ないという例が圧倒的です。

さらに最近では、体がなんとなく丸い雰囲気で、
胸横の模様が銛(魚を突くモリ)の先端のような三叉模様のスジエビが売られています。
第二胸脚が細くて短く、全体に、か弱い印象を持たせる集団でした。
中には淡水で簡単に繁殖してしまう集団もあるようで、
比較的難しいとされているスジエビの繁殖の認識とは異なる容易さであるようです。
マジックシュリンプという名で、黒ヒゲ苔を食べるスジエビの仲間が売られる事もあります。
熱帯魚水槽に入れる事を前提にされた商品ですから、
小魚に対する攻撃性が少ない個体群がかなり吟味されているのではないかと思います。
これらは、国外から輸入されたスジエビの近縁種である可能性もかなり高いと思います。
しかし、どれも「スジエビ」として語られる材料となると思います。
天然採集の最も凶暴性の高い集団との性格の差はかなり大きいと思います。

1.「スジエビ」として、多くの他種の似たエビが語られている可能性が大きい
2.ほぼ陸封個体群で、別種扱いの降海型も含め、地域差が大きい
3.釣餌用、観賞用として、外国から近縁亜種群が大量に輸入されている可能性が大きい
という現実の中では、
スジエビを「スジエビ」という一言で語ってしまう事に、大きな無理があると思います。
まず、本当にスジエビで間違いないのか、
そして、買って来たスジエビなのか、採集したスジエビなのか、
採集した地方や、生息地の環境が池なのか河川の下流なのか上流なのか、
そういった違いで、スジエビは性格や大きさが異なっているものなのだと、知っておくと、
スジエビを理解するのに良いのではないかと思います。
一人一人の飼っているスジエビ。
そのスジエビは、魚を襲うかもしれないですし、全く襲わないかもしれない。
大きさが5cmを越えるかもしれないし、越えないかもしれない。
大きな卵で繁殖が簡単かもしれないし、小さな卵で難しいかもしれない。
これらは、そのスジエビの素性次第でさまざまという事になると思います。


 

2009/05/26


2009/05/28 更新
2010/05/16 更新
2010/06/16 更新
2010/09/18 更新


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