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テナガエビの汽水域産と淡水域産の交配実験

テナガエビ(ヒラテでもミナミでもないふつうのテナガエビ。勝手にマテナガと呼びます)の、
汽水産(河川下流域産)と淡水産(湖沼産)と思われる個体が採集できたので、
その二つの産地違いの交配実験をしてみました。

テナガエビは遺伝子の距離から、淡水湖群、汽水湖群、河口域群に分かれているらしいです。
しかし、この分け方だと、河川の中流域に居る個体群はどこに入るのか少々疑問はあります。
中流域は流れが緩ければ淡水湖に似た環境にも思えますし、
やや下流側は下流域群と云えなくもありません。
中流に居る個体は、河口域群が拡散したものなのか?淡水湖群が流れ出したものなのか?
あるいは両群の混ざりなのか?今一つ納得するに欠けます。
中流域群はゾエアの成長に海水が必要な両側回遊種?という疑問も出てしまいますが、
そのような報告は無いはずなので、所属が宙に浮きます。
途中に取水堰も何箇所かありますから、
河口域からの個体の追加は見込めないはずなのですが、
彼らは中流に若エビが存在し続けています。
中流域の個体が採集できたら、その時また卵の大きさや模様の比較、
飼育難易度の比較や交配実験などをしてみたいところです。

以前からマテナガには、
●「河川静水域群・湖沼群」⇒ゾエアで孵化するが淡水で成長・着底する。陸封型。海水不用。
●「河川下流域群」⇒ゾエアで孵化し、海に降って成長・着底し、元の場所に戻る。海水が必要。
という、2つのグループの分け方がありましたから、
こちらのほうが個人的にはしっくりします。
今回使う個体は、淡水の貯水湖の排水路に居た雄個体と、河川下流・感潮域の雌個体です。
雄は貯水湖の排水口(水位を保つ為の部分)のすぐ下の部分で採集した個体ですから、
大水で排出された湖沼型ではないかと思っていますが、河川静水域型かもしれません。
稲作地域の古い農業用水池ですから、間違っても汽水型とは思えませんが、
採集地にウナギが存在するので、海との行き来が全く出来ないということではありません。
堰もありますし、マテナガは両側回遊をしない種類ということになっていますから、
河川下流域群(汽水型)が遠路はるばるやって来た可能性は低いとは思います。
湖沼産、あるいは“農業用水路産”でしょうか。
雌は汽水域産特有のハゼ類やエビジャコ、ボラの子供が群れをなす世界の住人でした。
満潮と干潮では呆れるほど形相が変わる感潮帯という場所です。
当然、雌雄ともDNAを調べてはいないので、こんなこともありました、という“お話”です。

追記(2008・10・01)
後日、あらためて淡水湖群と思っていた個体群を採集に行ってみると、
タモロコ、モツゴ、ブルーギルらと共に多数捕獲できたテナガエビの中に、
ミゾレヌマエビ(本物)の幼エビ、ミナミテナガエビの幼エビが含まれていました。
つまり、この採集ポイントには、遡上するタイプのエビは、簡単に来れる事を意味します。
マテナガは遡上しない事になっていますが、
拡散に伴う移動はするでしょうし、水質が悪化すれば、
それを回避する為に上流へ上がるのは当然の行動と思えますので、
湖沼産ではなく、共に河川下流域産の域に含まれる個体群かもしれません。
(模様の傾向は大分違うのですが、型として成り立つほどの明確な隔離壁は見当たらない)
塩分濃度でいえば、ほとんど含まれていないと思いますから、
ボラなども居る汽水産(感潮域)と、フナやモツゴ、ドジョウなどが居る淡水産との交配実験
という事になると思います。
明確な湖沼と云える場所に陸封された個体群が採集できたら、
またこれらとの交配実験をしてみたいところです。
以下については、
「雌雄が産卵終了まで離れなかった産卵行動の観察」
としての位置のほうが良いかもしれません。

せいぜい、淡水域産と汽水域産の交配実験といった程度に思えます。

 

 

あっけなく交接完了

結果から先に言うと、交配は簡単に成功でした。
脱皮した汽水型♀を湖沼型♂と出会わせただけで、
二匹は完全な合意のもと、交接しました。
♀は両腕をクロスさせた姿勢で♂に近寄り、
♂はすぐにその背に被さって、♀をくるりと回転。
腹を合わせて交接(交尾)終了です。

一匹目の♀は、脱皮から時間が経過していたのか、
♂の再接近を嫌がり、逃げ続けました。
個室に戻すと、まもなく産卵していました。

二匹目の♀は、テナガエビやロックシュリンプで見られる、
ペアのまま産卵まで終了するという行動を見せてくれました。
個人的に産卵まで雌雄がペアを崩さないというのは初めての観察でした。
他の「行きずり交配」では、ことごとく雌雄は交接後にすぐ別れていましたので、
運良く見る事が出来、あっけない交配成功よりもむしろ嬉しいくらいです。
今回も♀が脱皮を終えた後に同居させる行きずり交配でしたが、
無事に産卵まで雄の保護の下で終了し、ペアは自然消滅しました。
喧嘩らしいものは最後までありませんでした。
有名なペア行動を完了させたのが出身地違い同士のペアだったという
意外な結末です。

参照⇒交接行動の観察(汽水型同士)
1.【脱皮を終えている雌との交接。その一
2.【脱皮を終えている雌との交接。その二。積極的な雌
3.【脱皮を終えている雌との交接。失敗例
4.【脱皮を終えている雌との交接。その三。雄が積極的
5.【脱皮前の雌と雄の関係

 

交接から産卵までの経過


背景を片付ける間もない早さで、もう合意です。
上が湖沼産テナガエビの♂。
下が汽水産テナガエビの♀。
雌は両腕を前に交差させて伸ばしています。
雄は雌の体の下に歩脚を回しています。
この脚を使って、雌をひっくり返します。


交接中。2秒程度です。
後ろの穴の開いた物は、小型個体の個室です。
※よくテナガエビの飼い方を謳う情報に、
共食いを防ぐ為に隠れ家を多く作る的な事が書かれていますが、
個人的には、その程度で防げた憶えはないです。
「テナガエビの共食いのさせ方」「テナガエビのサバイバルのさせ方」にしか思えません。
隠れ家や水草などの障害物が、脱皮した側にのみ有利に働く必要がありますが、
そのような根拠を感じた事がありません。
ふにゃふにゃな側が、より不利なだけで、大きな貢献はないと思ったほうが安全でしょう。
テナシエビ・ファンでもなければ、複数が接触できる飼い方は避けたほうが良いと思います。
例外的なのが、この産卵前後の雌雄ですが、
これも数時間程度です。
その他の時間は雌雄でも仲が悪過ぎるエビです。
※他にも共食いを防ぐために、空腹にさせないよう、餌を与え続けるといった記述も見た事がありますが、
これは研究者か水族館でもない限り無理ではないでしょうか。
夜中でも空腹にさせないように起きて餌を与えるとか、フードタイマーをセットするとか、
やろうと思えるなら不可能ではないかもしれませんが、
与える餌の魅力が必ずしも脱皮をした仲間の肉の魅力より上回っているという保証はありません。
満腹であっても、目の前で脱皮されたら、腕の一本くらいは食べそうです。
※さらに別の話として、脱皮の兆候を示した個体は隔離してあげる、といった記述も読んだ事がありますが、
これもほぼ不可能でしょう。
脱皮前は若干食欲は落ちますが、前夜に食べていた個体が、早朝に脱皮を完了している事はしばしばです。
24時間付きっきりで、監視カメラでも回して、複数人で交代して観察していれば、
共食いは防げると思いますが・・・・・ほとんどパンダ扱いになります。
隔離する水槽があるのであれば、最初から個飼いにしたほうが安心ですし、
脱皮周期が重なり易い生き物なので、結局、脱皮用の隔離水槽は一個では足りません。


行きずり交接の場合、交接後、雌は雄の再接近を嫌がって
その時点で、ペアは簡単に解消されるのが普通でしたが、
今回は、雌は雄の元を離れませんでした。
雌が雄の元を離れない理由には、
精子を充分な量受け取れていないという可能性もあります。
交接に失敗したと見られる状態では雌は雄の元を離れません。
今回も、だいぶ経過した後に、二度目の交接が確認されました。
しかし、その後も雌は雄の元を離れませんでした。
雄はさらにだいぶ経ってから三度目の交接を試みましたが、
拒否されました。
それでも雌は雄のそばから逃げ出してしまうことはありませんでした。


この雄は、前日に他の汽水産のメスと交接しており、
精子の量が足りていない可能性は大いにあります。
テナガエビがペアを組むという話は有名で、
脱皮を終えたばかりの柔らかい雌を守る雄という美談で語られますが、
単純に、雌側が「精子が足りない」という判断で
ペアの時間が継続されている可能性もあります。
実際、テナガエビの雌の産卵は極めて同一周期で集中します。
川や池の中でも、精子が足りない雄はごろごろと居るはずです。
しかも、雄自体は、精子が足りないので今回はパスという事はしません。
大きな雄が、独占する率は変らないと思います。
精子は少ないのに、雌を独占する大きな雄だらけ、
という可能性はあります。
雌は足りるまで何回か交尾を繰り返してもらう必要があります。
他の行きずり交配では、完全に満足したと思われる雌は、
雄の接近を簡単に拒否しました。
体が柔らかいから守ってもらわなくてはといった感じは特にありませんでした。
雄は逆に一所懸命に近付こうとします。
このあたり、美談的な発想のみから見ないで、
もう少し、雌雄の思惑・都合あたりから探ってみても面白そうです。
勿論、自分の子孫を確実に残すという観点からすれば、
他のオスや外敵を排除し、雌の安全を確保するという点で理に叶いますが、
メスが単独で脱皮を完了してから、雄のもとに来てくれたほうが、
交接回数でいえば効率が良いです。
交接後もさっさと離れて勝手に産んでくれれば、
その間の時間に他のメスとペアを組んで交接できます。
有名なスタイル一辺倒ではない雌雄の関係は、
色々な事情で臨機応変に対応できる事が分かります。


ペアの絆ですが、付きっきりということはありません。
雄は勝手に雌の元を離れ、雌の抜け殻を見付けて食べていたりします。
ザリガニの餌を落としてみると、普通に食べます。
案外自由です。
その間、雌はその場に居るだけで、
特に雄を探しに歩くこともありません。
雌の元に戻ると、雄は雌を触角で確認して、
またその背中の上に居ます。


雄の保護の下で、自分の抜け殻を食べている雌。
抜け殻を食べているという事は、もう顎の硬さは戻っていると思われます。
それでも雄の元を離れませんでした。
精子が足りていないという焦りも感じないので、
何が彼女をここに居続けさせているのか不思議です。


雌から殻を取り上げて食べている雄。
透明で見にくいかもしれませんが、
三角形の殻(頭胸甲の部分)を抱えて食べています。
雌の匂いを嗅いでいても雄の食欲は抑えられていないのが解かります。
脱皮間もない雌を食料とは別の認識で区別しています。
同じ雌の体の一部ですが、殻は食料。脱いだ中身は食料ではないと、
しっかり区別できています。


雌が体をよじって産卵をしています。
交接から四時間後です。
テナガエビの産卵は、腹肢の掃除をした後に、
背中をやや丸めて行ないます。
卵の粒が小さいので、どこを通っているのかは分かり難いです。
要する時間は比較的短く、
見る見る間に、腹肢の部分に卵が黒っぽく溜まっていきます。
体を右に傾けたり、左に傾けたりします。参照⇒ビーシュリンプの産卵
雄は自分の体を掃除しています。
産卵自体は雌の仕事ですから、雄は特に興味はないようです。
この間に、他の脱皮したばかりの雌や脱皮間近の雌が接近したら、
どちらの雌を取るのでしょう。


産みの苦しみとでも表現したい姿で頻繁に姿勢を変えますが、
小さな卵が通るだけですから、それほどの苦しさは無いかもしれません。
こういう姿勢が産み易い、あるいは、腹肢に万遍なく付け易いのかもしれません。

参照⇒ロックシュリンプの産卵行動
熱帯産のロックシュリンプもほとんど同じ行動をとります。
手の長さに雌雄差があるエビなので、
同じような淘汰がなされて来ている様です。
テナガエビのほうが獰猛で肉食性が強いエビですから、
交接行動にも共食いの危険は伴うかと思いましたが、
全く心配ありませんでした。
むしろ、ロックシュリンプのほうがやや乱暴に思えるくらいです。
ちなみに、卵巣が発達し切れていない雌が脱皮をした場合、
雄は交尾をしようとしますが、雌側は跳ねて逃げてしまいます。
テナガエビの卵巣は意外と見難い(後方に伸びない)ので、要注意です。
一度も交接をしていないのに、そのように逃げる雌は、
卵巣が発達していませんから、交接の観察や実験には使えません。

 

無事に発眼


交接から一週間目の卵の状態。
目がハッキリと分かる状態になっています。
湖沼産の雄と交接した汽水産の雌は、
2匹とも揃って受精卵でした。
卵の大きさは、汽水型そのものです。
淡水型は、これより卵径が若干大きい印象がありますが、
それは、ただの贔屓目かもしれません。

 

おすすめページ
http://www.lberi.jp/root/jp/05seika/omia/06/bkjhOmia6-4.htm
スジエビの生息各地での卵の大きさの違いが分かります。
卵の大きさが大きいほど、繁殖は容易と思いますが、
スジエビのゾエアも肉食性の強い、カマキリのような生き物ですから、
生物層の厚い屋外の大きな水槽は必要と思います。
マテナガにも似たような卵径の違いはあるのではないかと思いますが、詳細は不明です。
テナガエビは、淡水繁殖型の場合、「大型卵」という表記がされています。
大卵型ではなく大型卵です。
これは、汽水型の小型卵と比べて大きい卵という意味でしょう。
稚エビが直接出て来る“大卵型”とは指している意味が違いそうです。
字の並ぶ順番が違うだけですが、内容はがらりと変わるので要注意です。
(稚エビとして孵化する大卵型はショキタテナガエビのみ)
マテナガの繁殖成功例が見当たらないことからも、
スジエビやヌカエビ同様に、卵が大きめでも、
それによって難易度が大幅に下がるという事はないのではないかと想像できます。
(そのような個体群があれば、もう少し「ちやほや」されていそうです)

 

2008/09/06


2008/10/01 追記


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